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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

読書感想文が苦手で嫌いだったあの頃の自分へ

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はじめまして。coyoteです。

 「ブログ書くぞー」と、いきこんでいたものの、仕事の忙しさにかまけてなかなか発車できずにいました。

 

 「物事にはタイミングというものがあるし」と、怠惰な毎日を正当化して、ぼけっとアホ面して過ごしていたのですが、ある晴れた日曜日の朝に「今日は書けそうだ」とピコーンときて通勤電車の中この序文を書いています。

 

ブログの内容は題のとおり。「本を読む。感想文を書く」です。そのまんま。

 

  「書評」でなく「読書感想文」と題したのは、肩肘を張らないで、できるだけ手ざわりのやわらかい文章を書いていきたいなという思いからです。

 と言いつつも、小中学生のころ学校の授業で書かされる読書感想文は正直あまり好きではありませんでした。

 「楽しく書けた」「上手く書けた」という記憶はほとんど無いですし、原稿用紙を前にした時、鉛筆を握る手と思考が硬直する無力感を今も憶えています。

あの頃の僕は、

「『正しい感想』というものがどこかに(教師や親や知らない誰かの手によって)ちゃんと用意されている」

という幻想を持っていたのだと思います。僕にとって読書感想文は、国語テストの「作者の最も言いたいことを25文字以内で答えなさい」という問いの拡大版に過ぎませんでした。

 

  TVのニュースで、課外授業やチャリティー系の体験をした子どもが、カメラに向かって、「命は大切だと思いました」「助け合わなければいけないと思いました」と答えているのを見て、どこか違和感を覚えてしまうのは、「こういう答えじゃなければいけないんだ」「とりあえずこう言っておけば大丈夫」という「正しい感想」が、刷り込まれているように思えるからです(ネットでもそうですけど、あらゆる場面で誰かに採点されて、自分の立場を白黒はっきり表明しないといけないような空気感については、またちゃんと書きたいなと思います)

 

 「子どもはもっと純粋でしょう」と言われるかもしれません。でも、ガキンチョだった僕はまちがいなく読書感想文をそういうスタンスでやっつけていたし、文章を書く楽しさは1ミリも感じることなく大人になってしまいました。

 ほんとうは、「よくわからなかった」「言葉にはできない」という答えがあったって良いし、複雑なテーマにたいして、「わかったように振る舞う」ことよりも、「世の中には簡単に説明できないことがたくさんある」ということが、「わかる」ほうがずっと知性的なんじゃないかなと思うのです。

  

   というわけで、「わかったつもりになっただけで、本当はわからなかったこと」が、それなりにいろんな経験してわかってきた今、自分の小さな知性のはへんみたいなものをあれこれと集め、本を通じて文章にしていきたいな・・・というのがこのブログの目標です。もちろんまだまだ無知で未熟なので、「この本は正直わからないな!」と書くこともあるかもしれません(なるべくないようにしたいですけど)やはり「わからない、ということはわかるぞ」も僕にとっては大切なので、どうかそのへんはご容赦ください。

 

 書評系ブログは今やありふれたジャンルですが、だからこそできるだけ丁寧に、マイペースに、末長く書いていきたいと思います。文章を読むこと、文章を書くこと、両方好きなので自然とこの方向に落ち着きました。たまにはミニマリズムや音楽映画、日常ネタもはさむかと思います。どうぞよろしく~。