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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

接客、販売業も捨てたもんじゃない。「まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す」 田口幹人

本の感想

まちの本屋 知を編み、血を継ぎ、地を耕す

 

 

「町の本屋さんのほのぼのした日常を描いた感じか?(表紙も柔らかい感じだし・・・)」とページをめくったら度胆を抜かれた。

著者が、本屋の存在意義、本を売るということについて、実話と具体例を交えながら丁寧かつ熱く語っている。

本ではないけれど、僕も販売をやっているので、モノを売ることやお客さんとの関係作りについてとても勉強になった。

 

 

いざ平積みにして売ろうというときに、耕してきたお客さまがいて、耕してきた棚を知っているお客さまがいるから売れていく。耕されていないところに、突然ポンと置かれただけの本に、お客さまは反応できません。普段から耕されていることが大切なのです。
「これ新作なんですよ」と、入荷ホヤホヤの商品を売りたい気持ちは販売側の立場としてすごく分かる。でも、それがもし初来店のお客さんだったら、押し付け以外のなにものでもない。
『新作を楽しみにしてもらえる関係』を作れるかどうか。店を畑だと例えたとき、種子そのものを用意してくれるのはメーカーだけど、その畑を耕して毎日水をやることは、現場の販売員にしかできない。
 
 
逆に僕たちは、売れていない本もあえて在庫に入れるようなことをします。一年に一冊も動かなかったりするのですが、かならず入れる。なぜかというと、この一冊があることによって、横に広がっていくことがあるからです。この一冊を挟み込むことによって、横にある本の意味が変わってくる。 

本という商材はストーリー性を持った売り場作りがしやすいんだろうなと思う。

でも、たとえどんなカテゴリーの商材であっても、いかに一つ一つの商品の中に物語性を見つけ出せるかが大事な気もする。機能性やスペックだけでお客さんは買わなくなってる。
自ら編集作業をして、世界観を作り、その世界観を気に入ってもらって、モノを買ってもらえる。それはとても面白い仕事だと思う。
 

僕は、この仕事は「本が好き」だけではやっていけないと思っています。本を「売る」ことが僕らの仕事だからです。書店員には、本が好きな人が向いているか、嫌いな人が向いているかと言えば、好きであることに越したことはありません。しかし、まったく本を読まない人でも、本を売ることはできます。ただ確かなのは、本を読んでいる書店員は、読んでいない書店員と違う売り方ができる、ということです。
扱う商品を好きである必要はないと思うし、自分が使ったことない商品でもトークとパフォーマンスとタイミングでガンガン売ってしまう販売員は実際にいる。
ただ、理想論かもしれないけれど、商品が好きで、同じ商品を使っているという(共通の趣味友だちのような)共有感がお客さんとの間にあれば、上で書いたような『耕された状態』を作り出しやすいというのも事実だと思う。
 
 
ネット書店では、自分の好きなものや、類書を効率よく探すことができるし、データとしては重宝するかもしれないけれど、思ってもみなかったものに出くわすことは難しいと思います。だからこそ書店は、そこで勝負すればいいのです。
これはもう本に限らず何でもそう。
古本屋で、目当ての棚に行ったものの、アルバイトが間違えたのか全然違うジャンルの本が一冊紛れていて、でもその一冊がとても面白そうで買っちゃった。みたいな。そんなときは少しテンションが上がる。


まだライフラインの復旧も進んでいない状況下で、本屋を訪れるお客様がたくさんいたということに驚いた。子どもたちはいつもと違う空気に泣きわめき、おじいちゃん、おばあちゃんは不安に顔を歪ませている。そのときに、なぜ本だったのか。僕は想像した。少しでも日常を取り戻すために、いつも身近にあった何かが手に入らないか。そう考えたとき、誰もが思い出したのが本だったのではないか、と。

3.11震災直後の著者の本屋の様子。本って不思議だなと思う。ページを開くだけで別世界に行けてしまう。

自分の心のどこかにあった『販売員は所詮、業界の末端のポジション』というネガティヴな考えが180度ひっくり返されてしまう内容でした。

本が好きな人だけでなく、販売やってる人にも読んでもらえたら良いなと思った一冊。