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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

オスプレイによる熊本支援とお年寄りに席を譲る不良の話。

電車の中で、いかにも素行の悪そうな不良学生がお年寄りに親切に席を譲る姿を見たら、大体の人が『お、見かけは不良だけど良い子だな』と感じると思う。その学生がこの後、他校の学生にケンカを売ったり、もしくは一年生からカツアゲしたり、悪事を働くかもしれないという可能性は、少なくともその瞬間、人々の頭の中からは消える。

 
僕はそれはそれで良いと思う。少なくともそのとき、その場所で、一人のお年寄りが快適に移動時間を過ごすことが出来た。それは事実だから。
 
オスプレイは軍用機だけど、その機能によって少しでも九州の人たちの安心につながるなら、どんどん使って欲しいと思う。
 
「政治利用だ」「イメージアップだ」と言わなければならない立場の人は大変だろうけど、やっぱり違うと思う。
 
不良の話に戻るけれど、周囲の人々だって『不良だけど超良い子じゃん!素敵!』なんて手放しで称賛するわけではない。
 
『ちょっと目立ちたかったんじゃないの』
『良い格好したかったんじゃないの』
『ただの気まぐれかも』
というような、良い意味でのうがった見方も(『おばあちゃん喜んでたし、まいっか』という素直な感動と同じように)発生する。
そんなふうに、人間には物事の裏表を見通す想像力が備わっている。過去と未来の概念がある。
 
言い換えれば、偉い政治家がオスプレイの被災地支援を批判すればするほど、その政治家は、『民というのは、物事のインパクトのある一面だけを見て情動的に捉えて行動する単純で短絡的な人々である」という、あまり良いイメージではない己の先入観を露呈することになる。
 
オスプレイが人を殺す道具でもあることなんて分かってる。
だから、どれだけ素晴らしい支援をしたとしても、皆んなが皆んな『オスプレイ万歳!米軍万歳!』なんて言わない。大衆はそこまで馬鹿じゃない(と僕は思ってる)
 
とにかく今は、九州の地で堂々と活躍してほしいと願う。
 
めずらしく時事的な内容でした。
 
最近本を読めてない。