わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

新卒入社した会社を半年で辞めて10年が経ったけどなんとか生きてる。

4月から社会人になったみなさんは、社会人生活はどうでしょうか。慣れないことでいろいろ大変だと思います。

今から10年前、ピカピカの新入社員だった僕は、その大変さに耐えられず、へたれ過ぎて、入社半年で会社を辞めてしまいました。でも2016年の今、細々とだけど、なんとか楽しく健康に生きてる。
だれかの参考になるなんて、おこましいことは言えないけれど、自戒も含めざっくりと振り返ってみることにした。今現在、新社会人で、本当に心が折れそうになってる人がいたら、あまり気負わず、思い詰めずに日々を過ごしてほしいと思う。上からでごめん。でも、こんな僕でもなんとかやれてるから。

僕が就活したのは2000年代前半。就職氷河期
大学は留年こそしなかったけど、親には申し訳ないくらい最低限の授業しか出席しなかった。一応そこそこ夢中になってやれるモノづくり的なことがあって、「こんな仕事に就けたら良いな」と思い、就活して、その業界の企業から採用してもらったものの、それはブラックとまで言わずともグレーっぽい営業職で、せっかく自分から好きな業界に入ったくせに、「誰か他の人が作ったモノを売る役割」には満足できないと、入社半年で退職した。「自分が作ったものを売りたい。もしくは、自分そのものが商品になりたい」という気持ちだった。いま考えれば「おまえ何様だ」とぶん殴ってやりたい。
 
ただ、当時の自分にとっては本当に深刻に悩んでて、辞めるまでは真っ暗なトンネルを進むような毎日だったから(早起きは得意だったのに、朝起きれなくなり、日中はずっと強烈に眠い)何も言わずにいてくれた家族とか、ちょくちょく遊びに誘ってくれた友達とか、何も変わらず接してくれた飼い猫(当たり前だけど)には、感謝してもしきれない。本当に。
 
そして表向きには「クリエイター側をやりたい」なんてスカした理由づけだけど、実際のところは、ただ単純に、上司との付き合いや、同期との競い合いや、えこひいきや評価のちがいといった、社会人一年生の「誰もが経験する悩み」から逃げたくてしかたない自分がいただけだったように思う。正直に「社会ムリ!」と叫んだほうがまだ気持ち良い。「好きなことやりたい」で正当化してる分タチが悪い。
 
辞めたあとは、「好きなことやるからには実家から出なくては」と、数ヶ月バイトしてお金貯めて、1人上京した。上京する夜、夜行バスの乗り場まで見送ってくれたオカンの心配そうな顔は一生忘れられない。
 
月4万のアパートで1人暮らしして、バイトしながら活動して、公募に出したりオーディション受けたりいろいろやったものの、まったく芽が出ず、4年続けてから諦めた。やりたいことやって、あきらめて、やっとこさもう一度「就職しよう」と思い直すことができた。
 
もう逃げから逃げの人生ですよ。とにかく、思い通りにならない目の前の現実に耐えられない。すぐにリセットしたがる。この厄介な性質が、自分の人生で一体いつ、どうやって培われてしまったのか。何度も考えたけど解答に辿り着いたことがない。
 
ただ、30半ばを向かえる歳になって一つ思うことは、
「思い通りにいかない環境に耐えられない」
ということは、
 
言い換えれば、
 
「自分が良いと思える、心地良い状況を作ることにたいしては、熱量を注いで行動できる」
 
とも言えるのではないか、などと思い始めてたりする(自分でも呆れるくらいの馬鹿ポジティブ思考だけど)
 
動かせない現実はひとまず置いといて、自分が心地良く過ごせる小さな世界を大事にしつつ、現実との共通点を見つける、みたいなことが徐々にできるようになってきたのかもしれない。
 
ホワイトorブラックの二者択一ではなく、無数のグレーのグラデーションの中に身を置くことも必要だなと思うようになったのかな。