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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

心配事の9割は実際には起こらない理由について考えてみた。

誰もが多かれ少なかれ心配事や不安事を抱えて生きてる(と思う)

 
どれだけ楽しく笑っている瞬間でも、ふと、その心配事が前触れもなく頭をよぎり、一気に冷静で暗澹たる気持ちになってしまう。
そんなときって誰にでもあるんじゃないだろうか(僕はけっこうある)
 
ちなみに僕の心配事は仕事関係のことで、『社内に労働環境の異常にヒドい部署があり、いつかそこに異動させられてしまうかもしれない』というものです。
その部署は『バードケイジ(鳥カゴ)』と呼ばれ、クラッシャー上司による結果への過度なプレッシャー、パワハラサービス残業、休憩無しが横行し、精神を病んで退職していく者が後を絶たない。まさに羽をもがれた鳥たちの監獄。
転職すれば良いじゃないかという話かもしれないけれど、仕事内容自体は決して嫌いではないから、できることなら続けたいという気持ちがある。
 
大げさかもしれないけれど、この不安さえ解消できれば、ひとまず「人生問題無し」と言い切れるくらい、僕にとっては最凶の不安事。その他の面は平穏なものです。のほほんと生きてる。
 
ただ、最近思うのは、
 
どれだけ僕が心配したところで、
この心配事は実際には起こりえないのではないか』
ということ。
 
なぜならば、
 
 人生は思い通りにならないから。
 
なんのこっちゃ、ですが、
 
例えば、
「新卒3年目で年収1000万になりたい」
「30歳までには結婚して家庭を持ちたい」
「老後は年金と不労所得で悠々暮らしたい」
と、どれだけ本人が希望予測しても、カンタンに実現させられることではない。
必死の努力と工夫を継続して、やっとこさ実現できるかもしれないし、できないかもしれない。人生というやつは不確定要素のオンパレード。
こういった「希望」や「願い」、つまりはプラスのベクトルの未来予測だって揺らぎまくっているのだから、「心配」や「不安」だって、自分の想像どおりにはならないんじゃないか、そう思うようになった。
 
不安事だけ的中するなんて、なんかズルイよね。
 
そもそも、真に深刻な心配や不安というのは、全く予想していない視界の外側から、何の前触れもなく唐突に襲いかかってくるものだと思う。災害や病気のように。
 
言い換えれば、「こうなったらどうしよう」と前もって不安がっていられることは、それを乗り越える準備も自分の中ですでに完了していると言うこともできるのかもしれない(不安なことには変わりないけど)
 
だから、あまり不安がらずに日々の生活を穏やかに過ごしたいと思う。心配事の9割は実際には起こりえない。そう言い聞かせて。
 
と言いつつ、残りの1割が確定して『バードケイジ(鳥カゴ)行き』になったときは、またこのブログで報告します。
そうなったときはそうなったとき。
むずかしいねー。