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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

ポケモンGOが流行り過ぎてついてけそうにない人は、まあ散歩しながらブログでも書こうよ。

 ポケモンGO、めちゃくちゃ面白そうですね。

僕はオッサンなので子どもの頃のゲームと言ったら家のテレビの前でみんなでコントローラーを取り合いっこしながら遊ぶのが当然で、親に「いつまでゲームやってんだ」と怒られて、しょーがないから公園やら空き地やら行って、何もない空間に空想のスライムやらゴブリンを想像で作り出して、ただの木の枝を”はがねのつるぎ”やら”エクスカリバー”に見立てて攻撃したり、攻撃されたりしてたわけです。

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(それを大人が真剣にやったのが「勇者ヨシヒコ」と言えるかも)

 それが、リアルな目の前の風景にモンスターが出現し、(たとえスマホの画面内の事だとしても)仲間にしたり戦ったりできるのはもう夢のようであり、ゲームへの没頭を妨げるものとしてしか捉えられなかった現実の風景と、自分の大好きなゲームの世界観が溶け合う感覚、この魅力は計り知れないんじゃないかなーと思う。

 ポケモンGOが配信されたらソッコーでプレイするような気もするし、天邪鬼な性格のせいで流行り過ぎたものには距離を置くかもしれない。楽しいことは他にも色々あるから。

 

 歩きながら気楽にブログでも書こうよ。

どうせ外に出歩きながらスマホをぽちぽちするのなら、家の近所でも散歩しながらブログ書くのもいいですよー。僕もこのブログはほぼスマホで書いてます。『時間的』にも、『空間的』にも、スマホのほうがブログを書きやすいです僕の場合は。

時間的な話はこちら⇩

スマホを使ってスキマ時間でブログを書こう。 - わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

当然ながらスマホはとにかく移動しながら書けます。 ノートPCでも同じやないかーと言われそうだけど、PCをカバンに入れて持ち歩くと、どうしても「おれは今ブログを書こうとしているんだ」という妙な義務感が発生して、あまり捗らないような気がします。スマホなら電車の中で立ってるとき、駅のホームで待ってるとき、散歩中にふと公園のベンチに座ったとき、その瞬間ごとに思いついたことをその場ですぐにちまちまと書きつけることができる。

宮沢賢治は、詩や物語を創作するとき、山や森を散策して歩きながら、浮かんできたイメージを首からかけた手帳やメモ紙にその都度 その都度書きつけるという習慣があったそうです。フィールドワーク的創作術ですね。

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宮沢賢治、意外とマンガ字。)

べつに「雨ニモ負ケズ」ような高尚な作品を書かなきゃいけないわけじゃなくて、近所の野良ネコたちの写真撮ってテキトーに名前付けたり、駅前のベンチに座って人間観察して、思ったことを書いたり、なんでもない日常をブログにするだけでもいいんです。文章書くのって得意不得意カンケーなく今の自分を俯瞰できるので、心の整理術としてすごくオススメです。

f:id:coyote0801:20160717183717j:image僕の散歩コースには野良ネコが多いんだけど、積極的に腹を見せてくるやつが何匹かいる)

 

とにかく、歩くこと、移動すること、場所を変えること、周りの景色が変わることによる思考への影響は侮れないと僕は思います。その”思考の鮮度”のようなものが筆を進めてくれることも多々あるので。

 ただ、都会、特に東京はどれだけ歩いて移動しても、同じような街、同じような駅、同じようなカフェ、同じようなショッピングセンター、同じような公園ばかり。まさに均質化された風景のオンパレードなので、動けばよいというわけでもないかもしれません。

 

 

、、、最後に先日のツイートですが、

メーカーさん、ぜひお願いします。