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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

公開前だけど『シン・ゴジラ』の顔がめっちゃ怒ってる件について考察してみた。

どーもcoyoteです。

シン・ゴジラ」がまもなく公開ですね。出演俳優が何百人だとか、いろいろ話題になっていますけれど、

個人的に今回の「シン・ゴジラ」において、僕が一番印象的だと感じたのがですね、

 ゴジラの姿が神々しい。でも顔めっちゃ怒ってるところ

なんです。

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(なんかもう謝りたくなるくらい怒ってる)

たとえばハリウッド映画に出てくるモンスターやらクリーチャーたちが人間たちを襲う理由って分かりやすくて、よーするに『食べるため』です。生物としての本能を満たすために、食物連鎖のピラミッドの上位にいる奴らが、底辺近くにいる人間たちを捕食するという図式。それはそれですごく恐いし、パニック映画として正解なんだけど、どこかで『安心』できたりするんです。

『エイリアンもアナコンダアリゲーターも、たらふく喰って、たっぷり寝て、子ども残したいだけなんだなー。俺らと一緒じゃん』と。

ちなみに1998年に全米公開された初代ハリウッド版ゴジラ(ゴッズィーラね)はまさに本能=食欲を行動原理に置いた存在でした。最後はマグロをおとりにおびき寄せられてミサイルで吹っ飛ばされたからね

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(これは完全にイグアナだ、、、)

アメリカは『自然は人間の力でコントロールできる!』という文化です。逆に日本は、自然にたいして畏敬の念を抱く傾向が強い。島国で災害が多く、自然の脅威をコントロールすることなんて出来るわけがないと遺伝子レベルで理解している。

だから太古より日本人は、自然界の全てのものには神様が宿っていると信じ、災害が起これば神様が怒っていると考え、自分たちの振る舞いの悪かったところを見直し、彼らを祀り、鎮めたりしてきたわけです。少なくともかつての日本人には、人知を超えるものにたいする、とても”謙虚”な姿勢があったんじゃないかなと思います五輪招致のときの「原発は完全にコントロールされている」という安倍さんの言葉は、非常にアメリカ的だったなーと思う)

 

今回の『シン・ゴジラ』の姿からは、食欲とか種の保存といった生き物らしさは微塵も感じない。その代わりに、ただただ、何かにたいして(恐らくは現代の日本人にたいして)怒りの表情をあらわにして破壊と絶望を振り撒いていく。

これは、行動原理が単純明解なハリウッドのモンスターよりもよっぽど恐い。

たとえば、

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不動明王や、

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ヤマタノオロチのような荒ぶる神として、大地震や大水害のごとく、容赦無く、理不尽に人々を襲う厄災としてのゴジラが描かれるんじゃないかなと思います。

その厄災にたいして

『なんで何も悪いことしてないのにこんな目に合わなくてはいけねーんだよ!自分だけでも助かってやる!』

と見て見ぬ振りをするのか、

以前の日本人のように、

『自分たちの今の在り方に何かしらの間違いや過ちがあり、それにお灸をすえるためにやって来たんだ』 

と受け止めるか(まあそんな人いないだろうけど)

そんな選択を迫られる、なかなかヘヴィな映画なのかもしれないです。

 

ただそこはエヴァ庵野監督。ただの説教くさい社会派にはなるはずがないので、エンタメ作品としてももちろん楽しみなわけで。

スカイツリーは破壊されるのか?(個人的には思いっきりへし折って欲しい)」とか「放射熱線はどんな色なのか?(やっぱり巨神兵ビームに近いのかなー)」とかね。

公開まで妄想がふくらみます!

『シン・ゴジラ』予告2 - YouTube

 

→見てきました!感想です。

シン・ゴジラ感想(微量のネタバレあり)なんでもありの虚構 対 事実を積み重ねるしかない現実 - わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。