わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

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SHERBETSの「Stealth(ステルス)」という曲を聴いて思ったこと。

ユーチューブをダラダラとサーフィンしてたらベンジーこと浅井健一さんの新曲のMVを見つけた。正確にはベンジーソロではなくバンドのシャーベッツ名義で、しかも去年の冬、もう半年以上前にリリースされていた。今はすでに夏…好きなアーティストは常にチェックしなきゃダメですね(自分が知りたい情報を一つ一つまめに検索するだけで日々の楽しみが増える時代なのに、どうにもSNSに依存してしまう)

この「stealth(ステルス)」という曲、とても印象的だったのでちまちまと思ったことを書いてみる。 

  曲のタイトルから、ブランキーが好きな人は「”ステルス戦闘機に乗り込んでベビーシッターの彼女と一つの座席に重なって噂の街を探す”感じのやつかな?」と想像するかもしれない。でも聴いてみたらぜんぜん違った。衝撃的だった。以下、歌詞より抜粋。

自分が生まれたこの国のことを

愛する気持ちは普通の話さ

自分の領土を自分で守れん

そんな動物は絶滅品種

 

凶悪犯罪無くすためにはどうしたらいい

ネットをほうむれ

今さらできない原発もそうさ

目覚めた悪魔は地底に戻らん

だったら死ぬまで付き合うしかない

そのうち手にする魔法を信じて

ちゃっかり世界は狙いをつけてる

お花畑で夢見る乙女を

 ミュージシャンが戦争や政治について歌うとき、「争いも憎しみもない世界」とか「誰も武器を持たない世界」とか、どうしても理想やユートピアを望む声になりやすい。けれどこの曲からは、僕らが暮らすこの日本という国が、キレイ事ではどうにもならないところまで来ちゃってるというシビアなメッセージがひしひしと伝わってくる。

人によっては、「え、浅井健一ってこんなに”右”寄りの人だったの??」と解釈するかもしれない。捉え方によってはもろに安保や領土問題のことに聞こえる。この歌詞をめぐって、アジカンのゴッチや坂本龍一さんと相反させて論じた、どうしようもない意見もネットで見かけた。シンゴジラでも感じたことだけれど、創作物に少しでも政治的ニュアンスがあるだけで、右だ左だと勘ぐり、アーティスト本人までラベリングしてしまうのはけっこうヤバイ思考回路なんじゃないかなーと思う。

続いてサビの歌詞。

ステルスガール  ステルスボーイ

レーダーに映らぬおまえのジャスティス

生きてきて  生きてきて

この世のしくみ少し分かって

立ち上がる時が来た

だけどどうやって立ち上がればいい

もっと一人一人が考えてみようよって事なのだと思う。ステルス迷彩で誰にも気づかれてないかもしれないけれど、あなたなりの正義ってあるでしょうと。声無き声を沈黙のままにしちゃいかんと。「戦争したい」なんて誰も本気で思ってない。破滅を回避するための方法を、イデオロギーから離れた視点でみんなで考えようぜって言われてる気がした。

 MVの映像もとても良い。ベンジーが監修してるらしい(この人ほんと多才)車に乗り込んだメンバーが、ジャンクフード片手に談笑している。ベンジーが運転して夜の街をドライブしていく。冷ややかで穏やかな映像と、絶望的な楽曲。そのギャップがグッとくる。気になった人はぜひ見てほしいなー。

SHERBETS "Stealth" (Official Music Video) - YouTube