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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

駅まで徒歩15分。ただただ毎日歩く。

雑記

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毎朝15分かけて最寄り駅まで歩いている。どこにでもある片側一車線の県道。交通量は多くないが、歩道が極端に狭い。人一人が通れるほどの道幅しかないため、前方から来る人とすれ違うとき、どちらか一方が車道にはみ出しながら行き交わなければならない(時折、譲る気配など皆無で猪突猛進してくる人がいるが大体において50代以上の老人である) 

 

ところどころ、なだらかなカーヴに差し掛かる限られた区間にだけガードレールが設置されている。 「以前ここで事故が起こったのかもしれない」などと思う。「起こったから」ではなく、事故が『起こらないように』前もって設置された可能性だってあるが、この世界において、内在しているだけの危機は「今のところ何も起きてないからこれからも大丈夫だろう」という考えのもとに無視され、放置される宿命にある。そしていつか目に見える形で表面化したときになって初めて、偉い人たちが重い腰を上げる。

 

この道で何が起こったか(あるいは何が起こらなかったか)私は知らない。というかこの町について私はほとんど何も知らない。縁もゆかりも無いのだ。三年前に一人暮らしを決めたとき、なんとなく駅前の雰囲気が気に入り、家賃相場もそれほど高くなかったから移住した。自分が望んだこととはいえ、生まれ育った故郷からは遠く離れてしまった。

 

故郷の町との共通点をあえて挙げるならば、近くを大きな川が流れ、堤防と河川敷が整備されているということだ。川沿いの町では、水辺に近いほど、海抜が低いほど土地や物件の価格が比較的安い傾向がある。もしも大雨で川が氾濫し、洪水に襲われることがあれば、私が今住んでいる賃貸マンションの一階の部屋は何かしらの被害を被ってしまうかもしれない(わりかし川に近く、やはり家賃が安い)私はまるで根無し草のように、軽々と流されてしまうかもしれない。

 

着地点を見失った根無し草ではあるが、この見慣れない町で生活を根付かせようと、毎日(正確には週5日)15分(正確には往復なので30分)せっせと歩き続けている。15分という時間は、たとえ歩きながらでも色々な使い方ができる。音楽を聴き、英文法を覚え、運動不足解消にもなる(仕事への憂鬱な思いが頭の中を15分間ぐるぐる回り続けることもあるが)

 向かわなければいけない場所があり、帰るべき場所があること。自由とはほど遠いのかもしれないが、そこまで絶望はしていない。今のところは。