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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

何もできずに休日が終わるのは。

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B'zさんの「デッドエンド」(行き止まり)という曲にこんなフレーズがある。

 

夢を問われ 答えられないのは罪でしょうか?
何もできず 一日が終わるのはダメですか?

 

どうにも冬が近づくと、この歌詞のような思いに囚われることが多くなる。「気温が下がって生物としての活動が鈍くなるだけだろー」と前向きに受けとめたいところだけど、せっかくの休日(今日みたいに雲一つ無い、公園に行って思い切りバトミントンでもしたくなるような快晴の日)に、特に何をすることもないまま夕暮れを迎えてしまったとき、やはり絵も言われぬ焦燥感に襲われることになる。

 

朝起きる→掃除と洗濯→軽くストレッチなどする→コンビニまで昼食を買いに行く…ここまではなかなか良い。秋の日差しを浴びながらセブンイレブンのコロッケパンとちぎりパンが入った袋を片手にトボトボ歩いていると「幸せってささいな日常そのものなんだなー」と使い古されたセリフでも呟きたくなるくらい満たされた気分になり「今日やりたいことリスト」をスマホのメモ帳にぽちぽちと打ち込む自分がいる。

 

しかし、昼食を食べてからが問題である。空腹が満たされた瞬間、さっきまで胸の中で燻っていた意欲の火種みたいなものが、まるで降り注いでいた暖かな日差しが雲に遮られて辺りが急に肌寒くなるように、フッと消えてしまう。ソファに寝転がり、毒にも薬にもならないテレビ番組とYouTube動画を眺める。右手にリモコン、左手にスマホ。「腹が減っては戦ができぬ」と初めに言ったのは一体誰だろうか。暴力的な睡魔が襲ってきて眠りに落ちる…目覚めれば夕暮れである。

 

「休みなんだからダラダラしていいじゃない」と言う人もいるだろう。しかし休みが終われば、また会社に行って働き、数日こなしたら再び休みを迎える。それを繰り返すうちに年を取り、会社を去り(その時まで会社が存在すればだけど)老後を迎え、いつかこの世から居なくなる。そんなことを考えると居ても立っても居られなくなる。「わずかでも変化を」という気持ちで、こんな文章をちまちまと書いている。

 

曲の1番は以下のように締められている。

どんだけ似てるように見えても

昨日と今日は絶対にちがう

 とりあえず、休みとはいえ食べ過ぎは良くない。1日1.5食。食生活から変えてみよう。