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【ジョジョ第4部】残された川尻しのぶと早人に救いはあるのか?

TVアニメのほうもいよいよ佳境のようです。

吉良吉影のバイツァダスト発動からエンディングまでの流れは、どれだけ原作を読んで結末を知っていても熱くならずにはいられない(あの超短時間で一人の少年が別人のように一気に成長するのはまさにジョジョって感じでとても好き)

 で、アニメ見てたらちょっと「え!?」となる場面があった。単行本でいうと45巻のこのシーン。

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 バイツァダストによって同じ朝が繰り返される中「なるべくしてなるのが運命」のルールのもと、コーヒーカップが割れて、吉良が手にヤケドを負うシーン。妻の「川尻しのぶ」に注目。

吉良の火傷のこと一切心配してないよ!

この時点でのしのぶは(川尻浩作の皮をかぶった)吉良吉影にたいして超ラブラブモードだから、もっと火傷のほうを心配するかと思いきや、火傷した本人を目の前にしながら「ウェッジウッドの…」である。夫の怪我よりブランド物。(一応この2ページ後にやっと「ヤケドしてない?」と心配はしている)

これは一体どういうことだろう?

思えば、しのぶが吉良吉影に恋心を抱いたきっかけは家賃を取り立てにきた大家から、吉良がスタンド能力を使って金をせびりとったときだった。

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(余談だがうちの奥さんはこのシーンについて「ワルな男が好きな女の人って一定数いるからねー。わたしは興味ないけど」とコメントした」)

この出来事以降、それまで髪はボサボサ、夕食はカップラーメンしか用意しなかったしのぶが、ちゃんとメイクもして朝食まで作るほど激変する。まるで新婚ホヤホヤ…いや、付き合い始めたばかりのカップルのように。

このように、作中において川尻しのぶという人物は、どこか「俗っぽい」というか「おバカ」というか、誤解を恐れず言えばいかにもな「恋愛脳キャラ」として描かれており、

第4部のラストを思うとき、僕は、彼女がこういったわかりやすく短絡的なキャラ設定で、本当に良かったと心の底からホッとするのである。

なぜなら、

もしも川尻浩作の妻が、もっと真面目で、真剣に旦那を愛して思いやる女性だったなら、そこにはかなり”キツい”未来が待っているように思うから。

でも、川尻しのぶならそこまで深刻な悲しみの沼には落ちて行かないんじゃあないだろうか。彼女は上で紹介したコーヒーカップのシーンや大家への盗みのエピソードから分かるように「その場その場の空気感を楽しみ、自分の都合の良い解釈を与えて前に進む」という、ある意味スタンド能力にも匹敵するような素晴らしい特性を持ってる。悲劇のヒロインである自分自身を心のどこかで楽しむくらいのパワーで今後の人生を歩んでいくかもしれない。さらには「失踪する直前の、危険で魅力的な夫こそ、川尻浩作の真の姿だったんだ」と、ロマンティックな自前の物語をこさえて、思い出にひたり涙するかもしれない。

  「いやいやさすがに落ち込むでしょ」と言う人もいるだろう。でも「しのぶと早人ならきっと大丈夫だ」と、読者である僕が想像できることそのものが大事であって、そのためのヒントが何気なく作中に散りばめられていることに、作者から読者へのこのうえない思いやりを感じるのである。

 僕はこのような「一見シリアスな結末だけれど、捉え方次第で一筋の希望が垣間見える物語」がとても好きだ。思えば好きな映画やマンガはだいたいそうかも。映画「セブン」の衝撃的過ぎるラストシーンも、エヴァの旧劇場版「まごころを君に」の最後のアスカの台詞「気持ち悪い」も、解釈次第で小さな救いになるのだから。