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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

本当にやりたいこと、好きなことをつい見誤ってしまう。

雑記

通勤時間がドアtoドアで約1時間なので、電車内では本を読むか、こうやってスマホでブログを書いてることが多い。本を読むのも文章を書くのも好きだし、移動時間を有効活用もできる、なかなか良い趣味だと思う。

 

しかし、ふと考える。

 

もしも僕が、会社から徒歩1分の家に住んでいて、毎朝1時間の自由時間を得られたとしたらどうだろう。

同じように読書をし、そしてブログを書くだろうか?

一切全くやらなくなる、ということはないと思う。

けれど、

朝食をちゃんと作って食べたり、

昼用のお弁当をこさえたり、

新聞をとって毎朝読んでみたり、

家庭菜園をしたり、

猫の相手をしたり、

朝ヨガをみっちりやったり、

なんならヨガクラスの早朝レッスンに参加しちゃったり……

もしも毎朝、自由な1時間があったなら、

読書とブログ以外にもやりたいこと、やってみたいことがどんどん浮かんでくる。

 

何が言いたいかというと、

 

僕が自分で「好きだな」と感じている読書やブログを書くという行為は、

あくまで毎日1時間(行き帰りだから2時間ですね) を移動時間に費やさなければならないという

制限された日常につじつまを合わせるため「後付けされた欲求」かもしれないということだ。

電車でスマホゲームしたりマンガ読んだりといった「暇つぶしとしての娯楽」は無害だけれど、

僕のように、後付けの「好き」を無理して捏造するのはちょっとマズイかもしれない。

これは、仕事でクラッシャー上司からの過度なパワハラでストレスMAX、今にも心が折れそうなのに、なんとか今を乗り切ろうと、その上司にたいして「厳しいけど尊敬できるところもある。私のために言ってくれてるんだ」と偽評価してしまうのと似ている。

 人間は、嫌な現実から身を守るためなら、いくらでもウソをウソで塗り固められる生き物なんだな。哀しいけど。

 

……とはいえ!!

けっして読書とブログが嫌いなわけではない(特にブログはたくさん書けば書くほど面白くなってきてる)

だからスキマ時間でやれることはどんどんやりつつも、

 今抱いてる夢とか希望がもしかしたら、「よその誰か」によってこさえられていたり、

出来合いの枠組みに自分を無理やり(自分の姿形をひん曲げてまで)当てはめようとしている可能性があるかもしれないんだと、

たまには自分に問いかけて自己点検するのも大切かもな、と思ったのです。

ほーんと、情報ばかりが多すぎて自分の「心の底から望むこと」にモヤがかかりまくる世の中です。