わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

独学ヨガだからといってRPGで城の周りをグルグルしてるだけでいつまでも先に進まないようなヨギーにならないために。

どーもcoyoteです。

この5年間、ほぼ独学でヨガをやってきましたが、最近「独学」という言葉に甘えている自分がいます。確実に。

・自分の心地良い可動域内だけで行われるヨガ。

毎日10分の朝ヨガ。自分の限界の一歩手前…いやニ、三歩手前の負荷(もはや”負荷”ではない)でポーズをとり、そこそこ血流が良くなって、思考が多少スッキリして、風邪も引かないし太りにくくなった。それで満足している自分がいる。ヨガの基本的な教えにある『どれだけ足踏みしていい。跳ぶタイミングは人それぞれ(人によっては跳ぶ必要すらそもそもないよ)』というやさしい考えを都合よく利用し、自分の怠惰さと臆病さを正当化している。新しいポーズや上級ポーズに挑戦することはなく、ヨガクラスに出向いて客観的な意見やダメ出しをもらうこともない。あくまで自分が心地よい『可動域内でのみ』行われるヨガライフ。

 そう、まさにドラクエで最初の城の周りを延々グルグルと回りながら、スライムとかオオガラスのようなザコ敵だけを倒して、いつまでも先に進まないようなプレイスタイル。それが今の僕である。

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(痛恨のダメージを受けることは無い。劇的なレベルアップも無い)

 

・ときには無理してみることの重要性。自らすすんで引き受ける痛みについて。

例えば、仕事でたまたまついた上司が最悪なクラッシャー上司だったとか、理由もわからぬままクラスでイジメの対象になったとか、自分が一切望んでいない痛みを、ただ黙ってバカ正直に引き受ける必要は全くない(そういう理不尽な暴力にたいして我慢して忍ぶことを美徳とする日本の古い価値観はさっさと滅べばいい)けれど、今の自分に必要な痛みをちゃんと見極めて「バッチ来いやー!!」の気持ちで引き受けることはとても大事だ。次の街を目指して、ワンランク上のモンスターたちに四苦八苦しながら少しづつレベルを上げ、強力な武器を買い、おのれを進化させながらゲームを進めなければならない。口で言うほどカンタンじゃないけれど、その戦いはただの痛みではなく経験値になる。生きている実感になる。ただし人間は生存戦略のために、良い痛みも悪い痛みも見境なく「これはボクが成長するための痛みなんだ!」と、自分の心と身体をだましてでもサバイヴしようとするやっかいな生き物なので、「自分にとって必要な痛みとは何なのか?」という点についてはじっくり時間をかけて(数年かかったっていい)熟考したほうがよい。

 

 ・ほぼ独学ヨガしかやっていない人間(つまり僕)が独学ヨガについて語ったり伝えたりすることの危険性。というかダサさ。

上記のように、「城の周りをレベル1のままグルグル回り続けている人間」が、一人マイペースにおのれの世界だけでヨガを楽しんでいるのならまだいい。しかし、僕のように生意気にも「独学ヨギー」と銘打ち、ブログでヨガ関連の書籍や動画の紹介をしたり、初心者向けのポーズを提案して、「独学でヨガやってみようかな?」と興味を持ってくれた人たちにたいして、曲がりなりにも道筋を示す立場を取っている。

ここに、大きな問題がある。

自ら成長を止めた人間が、他者にその道について語ったり、伝えたりすることは、主観的にも客観的にも、一切において面白みがないのだ。正しいとか間違っているという話ではない。とにかく「面白く」ならない。何よりも記事を書いている自分自身が心底楽しめていない。

山頂へのルートを人に教える立場の人間は、そのルートを「知っているだけ」では全くもって駄目であり、少なくともそのルート上においては誰よりも先を「実際に」歩いていなければいけないし、できれば自分が歩む道だけでなく「無数に存在する他の登頂ルート」も熟知していることが望ましいのだ。

しかし、今の僕はその基準を一切満たしていない。だから、独学ヨガにたいする向き合い方を変えなきゃいけない。

 

変えること その①「柔軟性の限界値をもっと上げる」

冒頭に書いたように今の僕は無理なポージングは一切やらず、心地良さだけを求めたヨガをやっている。けれど今後は、積極的に筋肉痛を引き受けていく(筋トレで筋肉が縮むことで筋肉痛になるように、筋肉を極度に伸ばすことでも筋肉痛は起こる)

具体的には、

・座位前屈 床ビッタン

開脚前屈 床ビッタン

・前後開脚 床ビッタン

この3つを目指す。

「生まれつきの骨格によってはできない体勢もある」

「柔らかければいいというものでもない」

「ヨガは他人と比べなくてもいいですよ」

自分とのたたかいなので、今はそういう言葉は要らない。やると決めたなら、やるのだ。背骨や骨盤が歪んでいるならば整体やらカイロやらに通って直しながらでも柔軟性を高めようと考えている。とにかく、毎朝寝ぼけまなこで行っている朝ヨガも、毎日ほんの少しでいいから、自分の限界を0.1ミリでも超えようという意識をもって行う。

 

変えること その② 「ヨガクラスに行く」

 そもそも僕が独学ヨガや自宅ヨガに傾倒していったのは「ヨガクラスの雰囲気に馴染めない」という一つの大きな理由からだ。しかし、雰囲気に馴染めないなんて、考えてみれば当たり前のこと。だって、他人の集まりの中に一人で入っていくのだから。初めての場所で緊張するなんて当然のこと。ここでも僕の「心地良さ重視の性格」が悪い形であらわれている。数ヶ月通い続ければ慣れるかもしれないし、考えてみれば、そもそも僕は「きっとどこかに自分に合うヨガクラスがあるはずだ!」という前向きなマインドで探しただろうか?片手の指で数えられるほどのヨガクラスを体験しただけで「家でやるのが1番だわー」と安易な結論づけをしてしまっていたのではないだろうか?今こそ、ほんの少しの勇気を出して、ヨガクラスに行かなくちゃならない。

 

 ・独学ヨガや自宅ヨガを否定するわけでは決してなく。

本ブログにおける独学ヨガに関する記事を読んだことがある人は、この文章を読んで「言ってることぜんぜんちゃうがな」とツッコミを入れると思う。ただ、僕がヨガを始めた頃から疑いようなく感じていた、女性人口がメインのコミュニティに男一人で入っていくことの気まずさ、そして居心地の悪さ(自意識過剰と言われるだろうけど)によって、ヨガをやってみたいけど二の足を踏んでいる駆け出しヨギーの男性陣たちに「まずは気楽に自宅で独学ヨガから始めてみていいんじゃない?」と提案していきたい気持ちは全く変わらない。だからこそ、その提案をもっと面白く、説得力をもってできるようになりたいのだ。

 

・過去にストックした知識を倉庫から引っ張り出してドヤ顔するのはもうやめて、現在進行形の、自分が実際に行動しながら得た知識や感じたことを、独学ヨガブログとして書いていきたい。

しょーもない上司による、若き日の武勇伝ほどつまらないものはない。

つまりはそういうことなんだ。

 

新年なのもあって決意めいた文になりました。

暑苦しかったらごめんなさい。

2017年もよろしくどうぞ!