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わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

読書。独学ヨガ。ミニマリズム。わからないことだらけ。

ミニマリストらしく手ぶら通勤してみたらいつのまにかコンビニで立ち読みしていた話。

断捨離 ミニマル化

こないだ、前々からやってみようと思っていた手ぶら通勤をしてきたよ。

 以下持ち物!

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 ①薄い財布

スマホ

③ハンカチ

④イヤホン

以上!

私服通勤で、仕事道具はほとんど職場にあるから、この4つだけ上着のポケットに入れたら準備は完了。

 

いざ、家を出発。

玄関を出た瞬間からめちゃめちゃ心もとない。

いつもはリュックを背負ってるから背中がすごくスースーして不安になる。

「ほんとに大丈夫なのか?」「忘れ物してないか??」

違和感が全開。

けれど必要最低限のものはポケットに入ってるし、仕事道具は会社にすべてある。PCや書類を持ち運ぶような仕事でもないのだから、そもそも最初からカバンなど要らなかったのだ。カバンを持って行き帰りしていた今までの通勤スタイルこそ、むしろ不自然だったのだ。そんなことを思う。

 

駅までの道。

身体がめちゃめちゃ軽い。

快適すぎる。

持ち物がない。カバンがないというのはここまで軽やかになるものなのか。

いつもなら憂鬱な、最寄り駅までのさえない道も両腕をぶんぶん振ってグングン歩く。はたから見たら朝のウォーキングに勤しんでるようにしか見えないだろう。

 

 果たしておれは本当に会社に向かっているのか?

この晴れ晴れとした感じどこかで。そう、休日ちょっと早起きして、洗濯も部屋のそうじもバッチリ済ましてから近所に散歩しに行く時の心持ちとたいして変わらないじゃあないか。

 

行きつけのコンビニの前。

行きつけのセブンイレブンの前にさしかかる。せっかくだから大好きなセブンのコロッケパンとちぎりパンをお昼に買って行こう(ふらふらと自動ドアから店内へ)セブンはすぐ商品切り替わるからな〜限定感出したいのは分かるけどリピートしてる顧客のことも考えてよ〜(ふらふらと雑誌コーナーへ)あ、今日水曜日か。マガジンなんて何年も読んでないなあ……(ページをめくる)

 

あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!
おれはカバンを持たずに手ぶらで会社に向かおうと、駅に続く道を軽快に歩いていたと思ったら、いつのまにか近所のコンビニで立ち読みをしていた……

な…何を言ってるのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった。頭がどーにかなりそうだった……

仕事に行きたくないだとか、久しぶりにちょっと「はじめの一歩」が読みたくなっただとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……

 

 手ぶら通勤マジ危険かもしれない。

なんとかコンビニを離脱し、駅に向かう。

 

駅。

 通勤通学であふれる構内。ここでもやはり身軽なのでホームへ続く階段を、勢いよく駆け上がる。

 

電車。

電車内もすごく楽。イスに座る時もサッとスムーズ。立ってる時も身一つの範囲だからまわりへ配慮しやすい。僕は電車で立ってるとすぐ腰と背中が痛くなってくるのだけどそれが無かった。あの電車で立ってるときの身体のこわばりの正体って「揺れる車内でバランスを保とうとするから」とかではなく、度を超えて密集しすぎた他者への警戒と拒否反応の顕れだよね。物理的ATフィールド全開の副作用。

 

 会社到着。

後輩(25歳男)に「今日手ぶらで来たんだ」と伝える。「へえ〜面白いっすね」と反応良し。ある一定の年齢以上の人間からは「手ぶらで会社に来る」=「やる気ないのか!けしからん!」 となる予感があるので上司には言わないでおく。

 

一日いつもとおり働く。

いつもとおり働く。いつもとおり。特に問題なし。

 

帰宅。再び駅。絶えず溢れかえる人の群れ。

 今日も仕事を終えた。帰る。帰宅ラッシュの人々で溢れかえる駅構内。ちなみに「手ぶら」でいる人は一人だけ見かけたが、ほとんどの人々が、皆それぞれにビジネスバッグやらトートやらリュックやらショルダーやらクラッチバッグやら旅行用の大きなキャリーケースを持ってる。そう、みんな荷物を持って、どこかに向かっている。

  

「荷物がある」ということは。

その人にとって「何かしらの成すべきこと」があり(それがどんなに些細で、どんなにくだらないことだとしても)その成すべきことのために「向かうべき場所がある」ということなのかもしれない。そしてそれは大多数の人たちにとって、きっと幸せなことなんだろう。

 

「荷物がない」ということは。

しかし僕は思う。もしかしたら「目的がない」という状態のほうが、じつは人間の本来あるべき姿に近いんじゃないのか?と。

「何かを成し遂げなきゃいけない」「何者かにならなきゃいけない」そんなコトバから自由になってからじゃないと見えてこないものもあるんじゃないだろうか。

そういえば村上春樹も言ってたな。

「何かを求めていない自分」というのは蝶のように軽く、ふわふわと自由なものです。手を開いて、その蝶を自由に飛ばせてやればいいのです。そうすれば文章ものびのびしてきます。考えてみれば、とくに自己表現なんかしなくたって人は普通に、当たり前に生きていけます。しかし、”にもかかかわらず”、あなたは何かを表現したいと願う。そういう「にもかかわらず」という自然な文脈の中で、僕らは意外に自分の本来の姿を目にするかもしれません。

 

結局はバランスなのか。

かと言って「生きてるだけで儲けもん」思考が強くなりすぎれば、マイルドヤンキー的、内輪的なヌル〜い人生になってしまうような気もする。だから、『一度手ぶらになって心身ともに身軽になったときに無理なく自然とやってしまうこと』に取り組めば良いんだ、というのが僕の結論です。

そう、僕がいつのまにかコンビニで立ち読みしていたように(目的もなくフラフラするのは意外と好きなんだろう)

 

 手ぶら通勤には薄い財布があるといいよ。

今使ってる薄い財布の話はこちら↓

【薄い財布のススメ】財布とスマホだけ持って近所の散歩でもしよう。 - わかったつもりでいたけれどほんとうはわからなかったこと。

 財布すら持たず、スマホ電子マネー付きクレカで行くツワモノもいると思うけど、まずは財布をミニマムにしてみてはどうでしょう。これは3000円くらいで買いました。

レッツ手ぶら通勤!