猫の手術。食券機を置かない吉野家。コンビニ人間。

休日。

目が覚めると午前7時。朝は一気に冷え込んで来た。私のベッドの毛布の中、足元のあたりで猫が丸まっている。

この子は昨日、背中のできものを切除する手術を近所の獣医で受けて来た。

私は仕事だったので病院への送り迎えなど全て妻がやってくれた。手術は無事終わり、腫瘍も深くはなかったとのことで一安心。とはいえ再発しない可能性はゼロではない。まだ生後7ヶ月なのになんと前途多難な人生(猫生)だろう。しかし当の本人(本猫)は術後、家に着いてすぐ、いつものように部屋中を駆け回っていたというので、小さな身体で8針も縫ったというのにただならぬ生命力だと感心するばかりである。手術代は諸々込みで7万円。前々から考えていた「猫貯金」をしなくてはという話を妻とする。月々の貯金とは別に、猫たち専用の口座を一つ作って蓄える算段である。

 

 妻を仕事に見送り、洗濯と掃除を終えると、急に睡魔が襲ってきたので二度寝して、起きると午後1時。着替えて駅前まで歩き、吉野家で昼食をとる。

吉野家は経営方針として、食券機は設置せず、後会計の金銭授受によって、客にダイレクトに「ありがとうございました!」を伝えられるようにしていると聞いたことがある。実際にカウンター内には数カ所にレジが複数設置されており、客が「ごちそうさま」と会計するたびに店員が駆け回って会計をしていた。上層部のこだわりか何か知らないが、食券機を置いた方が従業員の負担も少なく、客もわざわざ店員を呼ばなくていいから色々スムーズだと感じるのは穿った見方なのだろうか(たしか松屋は客が食券機の『ボタンを押すのと同時』に、キッチンにオーダーが通るようになっていて、席につくとあっという間に料理が提供されるシステムだったと思う)

 

昼食を終えるとコンビニでフリマアプリで売れた品を発送し、無印で冬用のインナーを買い(無印良品期間中!)ドトールに入ってアイス豆乳ラテSサイズを注文して、家にあった『コンビニ人間』の文庫本を読む。

これがなんとも。今の私にとってタイムリーな内容だった。

こんなツイートをしながら、そもそも「悪意」とは?「悪」とは何なのだろう?などと考えこんでしまった。「悪意がないのだから悪ではないじゃないか」とさえ思えてくる。一番怖いのは「悪意はないのだろうけど、どこか不快だな…」そんな言葉を投げつけてくる人々である。

だいたいにおいてマウントを取ってくる人というのは「その相手が嫌いだから」という理由ではなく、羨望と妬みが根底にあるように思う。「なんで結婚しないの?いい歳なんだからしろよ〜」と言う人は、その本人が他の誰よりも自由恋愛の欲求に取り憑かれているし、「バイトなんてこの先どうするの?正社員で探せよ」と言う人は、自分の今の社畜状態が心底嫌で、フリーな働き方を強く渇望しているものである。まさに「親切という皮をかぶった、妬みと支配欲」である。